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甲府地方裁判所 平成11年(ヨ)60号 決定 1999年8月10日

債権者

株式会社コモディイイダ(X)

右代表者代表取締役

松澤志一

(ほか四四名)

右代理人弁護士

村瀬統一

北武雄

債務者

高根町(Y)

右代表者町長

大柴恒雄

右代理人弁護士

渡辺和廣

"

主文

一  債務者は、別紙債権者目録の債権者らに対し、同目録記載の各水栓番号の水道につき、給水を停止してはならない。

二  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第三 当裁判所の判断

一  争点1について

1  本件事業の状況及び本件改正に至る経緯等

〔証拠略〕によれば、本件事業の状況及び本件改正に至る経緯等は、概ね次のとおりと認められる。

(一)  債務者は、山梨県の北部、八ケ岳の南麓に位置し、南北二〇・九キロメートル、東西六・九キロメートルと南北に細長い地形で、比較的深い沢が南北に何本も走っており、集落は、標高六五〇メートルから一二〇〇メートルにかけて散在している。

その標高の高さ故冷涼な気候であることから、夏は避暑地として県外から多くの観光客等が訪れ、観光が農業と並ぶ主たる産業として発展してきた。

(二)  債務者における水道事業の経緯を見ると、かつては八ケ岳の溶岩台地のため生活用水の確保すら困難ではあったが、昭和三〇年代ころから、各集落において水道組合として事業が発足し、その後、三〇年間近く、各組合において、組合員たる住民の努力によって管理・運営がされてきた。

しかしながら、布設した水道管の老朽化に伴う修繕費の負担の重さや、昭和五〇年代後半からは、経済成長の波に乗って、清里地区に別荘が急増し始め、水需要が拡大の一途を辿り、豊富な水源の確保といった諸問題に各水道組合が直面することとなった。

このような課題を解決し、町民に対し豊富で廉価な水を供給することが求められた債務者は、新たに建設された大門ダムに水源を求めるとともに、町内にあった二三の水道組合を統合し、昭和六三年、本件事業を開始した。

(三)  債務者は、昭和六三年、当時の水需要の見通しを基に、峡北地域広域水道企業団との間で、平成一四年度まで一五年間にわたり、大門ダムから水道水を購入する契約を締結し、平成九年度の購入代金は、一億二六一九万四七三〇円であったが、一立方メートル当たりの購入単価は、五年ごとに値上げされ、平成一〇年度からはそれまでの九〇円から一〇〇円に改定されることになっていた。

また、水道管等の施設は、組合水道から引き継いだものの、老朽化に伴う布設替えや破裂箇所の修繕・維持等の工事が絶え間なく必要な上、大門ダムから各受水池に水を引くのに場合によっては約六〇〇メートルもの標高差を数台のポンプで揚水しなければならないなど、その経費は毎年多額に上り、平成九年度は工事請負費として二億円余りを拠出せざるを得ず、平成一〇年四月当時も、今後毎年度一億五〇〇〇万円以上の支出が見込まれていた。

このように平成九年度の水道会計の歳出の内訳を見ると、水道事業費に四億四八八七万円余りを要したほか、公債費として一億五七五二万円余りが支出されるという状況にあった。

(四)  これに対し、債務者における水道加入口数は、組合水道を統合した時点で二二二六口しかなく、水道会計を右加入者からの使用料だけで賄うには限界があることから、当時から、一般会計から水道会計への繰入れを続けており、平成八年度末の時点で繰入額は累計一一億三七〇九万六六〇〇円にも達していた。平成九年度も、使用料として回収できたのは、二億五一一六万円余りであり、一般会計から一億〇二九七万八〇〇〇円を繰り入れることとなった。

(五)  債務者としても、使用料収入の増加を図るべく、基本料金については、昭和六三年の時点では、別荘以外が一〇〇〇円、別荘が二〇〇〇円とされていた(ただし、使用水量が八立方メートルまで)ものを、平成五年七月一日からは、別荘以外が一二〇〇円、別荘が三〇〇〇円に、更に平成六年四月一日からは、別荘以外が一三〇〇円と相次いで値上げし、また、超過料金についても、一立方メートル当たり一三〇円であったものを平成六年四月一日からは一五〇円に値上げした。

(六)  他方、本件別荘の存する清里地区の世帯数は、平成一〇年四月一日現在で八二一戸であるのに対し、債務者の地内にある別荘はこれを上回る一三〇〇戸余りあり、債務者の全世帯数約三〇〇〇戸余りと比較しても、四割強に及んでおり、その多くが夏期に集中して利用されることから、本件事業においては、夏場に迎える年間最大給水量を一年を通じて確保する必要があり、需要の少ない冬場であっても、実際には使用されない水を受け入れざるを得ないという事情を抱えている。

(七)  右のような実情にかんがみて、債務者は、水道会計の健全性を回復すべく、更に水道料金の値上げに踏み切らざるを得ないものと判断するに至ったが、具体的には、従前の料金体系では、別荘以外の一件当たりの年間平均料金が六万二二六二円であるのに対し、別荘一件当たりの年間平均料金が四万二七七九円にとどまるものと試算されることから、別荘所有者に対しても住民と同等の負担を求めることとし、基本料金を五〇〇〇円に値上げすることで、本件改正をするに至った。

2  右事実によれば、夏場における需要の急増という本件事業の抱える特殊性に照らし、債務者において、定住住民と別荘所有者とで基本料金に差異を設けず、使用量に応じて支払われる水道料金に依拠した料金体系を採用することは、必然的に超過料金の高額化を招き、その結果として、年間を通して水道水を使用する定住住民に過重な経済的負担を強いることとなるが、これでは、多額の経費がかかっている水道管等の施設の維持・管理の恩恵に与っている別荘所有者をかえって優遇しすぎることにもなりかねないものと認められる。したがって、本件事業においては、年間を通して安定した料金収入の増加を図ることが望ましく、水道会計の独立採算の原則(地方財政法六条本文、同法施行令一二条六号)をなし崩しにすることのないよう、一般会計からの繰入れに相当程度依存している現在の財務体質からの脱却を図るべく、別荘についての基本料金の値上げに出た本件改正が違法であるとは必ずしもいえない。

そして、別荘とそれ以外とで値上げの幅が異なった点については、確かに、数学上は別荘のみが大幅な値上げとなっていることは否定できない事実であり、平成六年四月一日から実施された値上げの際、別荘は基本料金が据え置かれたままであったが故に、なおさら本件改正による値上げの幅の大きさが際立つ結果になったとも指摘することはできるものの、〔証拠略〕によれば、水道組合の時代から、水道水を多量に使用する営業者たる住民であっても、一般家庭の住民と同様、一組合員として水道管の布設や維持・管理等に尽力してきた功績を評価して、基本料金において両者を区別したことはなかったという歴史的経緯を踏まえて、本件事業においても、これを踏襲した料金体系を維持してきたこと、債務者の本件事業経営の認可申請に対し、山梨県知事は、前記1(五)記載のとおり、別荘と定住世帯とで基本料金に格差を設けることが特定の者に対する「不当な差別的取扱」には当たらないものと判断してこれを認可した(水道法七条一項、二項七号、八条五項)こと、さらには、他の地方公共団体においても、別荘を定住世帯と区別して割高の基本料金を設定している実例があることが認められ、これらに前記事実を併せ考慮すれば、定住住民一件当たりの年間平均料金とほぼ同等の負担を求めることとした本件改正が直ちに「不当な差別的取扱」に当たるものと断じることはできないというべきである。

なるほど、〔証拠略〕によれば、箱根町においては、家庭用又は家事用と業務用とに分けた上、超過料金の点において後者を前者より高額に設定するといった料金体系を採用しており、湯河原町においても、同様の料金体系を採用していることが認められ、本件事業においても、定住住民を一般家庭と営業とに分ける料金体系を新たに設定することも、一つの合理的な手法であると考えられるが、右料金体系を採用しないからといって、本件改正が直ちに「不当な差別的取扱」に当たるということにはならない。

債権者らは、本件改正が地方公営企業法二一条二項及び地方自治法二四四条三項に違反する旨主張するが、前者については、簡易水道事業に対しては当然には適用がないし(地方公営企業法二条一項一号かっこ書)、後者については、「住民」には当たらない債権者らに対しては直接適用がないから、いずれも違法の問題は生じないというべきである。

さらに、債権者らは、本件改正は憲法二二条に違反する旨主張するが、本件改正は、水道使用者に対し、基本料金及び超過料金等の支払を求めるものにすぎないのであって、居住又は移転の自由を制約するものではないから、同条に違反するものということはできない。

3  以上要するに、本件改正は水道法違反には当たらず、また、その他の関係法令にも違反しないから、無効とはいえず、債権者らは、本件条例に基づき、本件改正による料金支払義務を負うものというべきであり、これを履行しない以上、債務者は、本件別荘に対する給水停止権を有するものといえる。

二  争点2について

1  給水契約においては、事業者の給水義務と需要者の料金支払義務とが対価的牽連関係に立つことから、料金支払義務の不履行があったときには、事業者はその反対給付たる給水義務を免れるのであり、水道法一五条三項もその趣旨に出た規定であるものと解される。

もっとも、水道水が人間の生存の基盤に欠かすことのできないものであり、需要者にとっては給水義務の履行を受け得ることが極めて重要であるのに対し、地方公共団体たる事業者は、水道事業を独占的に経営しており、いわば優越的な地位にあるとも見ることができることを考慮すると、単に料金の不払いがあるからといって、直ちに事業者において給水停止権を行使することが許されるものと解すべきではなく、料金不払いの期間やその金額の多寡、不払いに至った事情、未払の料金についての今後の支払の見込み等の諸般の事情を総合的に考慮して、給水を停止することもやむを得ないものと判断される場合にこれが許されるものと解するのが相当である。

2  〔証拠略〕によれば、債権者らは、本件改正の趣旨に納得できず、平成一〇年四月分から平成一一年二月分までについては、別紙未払料金目録記載の各金額を支払っていないが、右金額を上回る本件改正前の基本料金及び超過料金は概ね支払っていること、債権者らは、平成一〇年四月から、債務者に対し、再三再四、本件改正についてその詳細な理由を問い質してきたが、これに対し、債務者は、債権者らの理解を得ようと一度は説明会を開催したものの、その後はさほど積極的に対応してきたとは必ずしも見受けられないこと、債権者らとしても、債務者からの合理的な説明があれば、直ちに右未納料金について支払う用意があり、かつ、その旨を債務者にも伝えており、このことは債務者も認識していたこと、債務者に他意はないとはいえ、債権者らが別荘を一年で最も利用する時期に敢えて給水を停止しようとしたこと、以上の事実が認められる。

右事実に照らすと、債務者が債権者らに対し給水停止権を行使することは、権利の濫用に当たり、許されないものというべきである。

三  争点3について

〔証拠略〕によれば、債権者らは、平成一一年七月下旬ころから、例年どおり債務者の地内にある別荘を利用しようとしていたこと、したがって、給水停止執行通知書記載のとおり別荘に対する給水が停止されると、債権者らには、別荘における生活に重大な支障が生じることが認められるから、保全の必要性があるものと認められる。

四  結論

以上によれば、債権者らの申立てはいずれも理由があるから、債権者株式会社コモディイイダに金四万円、別紙債権者目録2ないし45記載の債権者らに各金二万円の担保を立てさせて、これを認容することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 森剛)

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